大判例

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広島高等裁判所岡山支部 昭和37年(ネ)41号 判決 1964年6月15日

控訴人

藤野又郎

代理人

岸本静雄

被控訴人

協和商事株式会社

代表者代表取締役

丹原節生

代理人

井上守三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、本訴請求が認容された場合には、予備的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、被控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張、ならびに証拠の提出・援用・認否は

控訴代理人において、原判決二枚目表一三行目以下その裏五行目までの抗弁を、「本件手形は、控訴人において昭和三四年九月二日訴外豊崎商事株式会社にあてて振り出した融通手形であつて、同会社は同日訴外株式会社富士銀行に裏書し、同銀行よりその割引を受けて金融の目的を達し、同年一二月四日(支払期日の前日)これを裏書により受け戻したのであるから、控訴人は豊崎商事株式会社に対して右手形金を支払う義務がない。そして被控訴人は右手形の支払期日後(支払拒絶証書作成期間経過後)である昭和三五年五月一七日豊崎商事株式会社より、その裏書譲渡を受けたのであるから、控訴人は同会社に対する融通手形の抗弁をもつて、被控訴人に対抗することができ、控訴人に対して右手形金の支払義務がない。」と補充陳述し、

被控訴代理人において、

一、控訴人は従前豊崎商事株式会社と商取引をしていたので、その取引代金の支払のたる同会社に対して本件手形を振り出したものであり、右手形が融通手形であるという控訴人の主張は否認する。

二、豊崎商事株式会社が昭和三四年九月二日株式会社富士銀行に裏書し、同銀行より右手形の割引を受けたが、同年一二月四日同銀行よりこれを裏書により受け戻し、支払期日後である昭和三五年五月一七日控訴人に右手形を裏書譲渡したことは認める。

と述べ、

<証拠関係省略>

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人が昭和三四年九月二日訴外豊崎商事株式会社にあてて金額一五万円・支払期日同年一二月五日・振出地支払地いずれも岡山市・支払場所三和相互銀行本店なる約束手形一通を振り出し、同会社は同年九月二日訴外株式会社富士銀行に同銀行は同年一二月四日前者である豊崎商事株式会社に、同会社は支払期月後である昭和三五年五月一七日被控訴人にそれぞれ裏書譲渡し、被控訴人が現に右手形を所持していることは当事者間に争いがない。

そこで控訴人の主張について判断する。

いわゆる融通手形とは、被融通者をして該手形を利用して第三者から金銭の融通を得、もしくは得たと同一の効果を受けさせるためのものであるから、(以下、便宜上これを約束手形に限定していえば)該手形を振り出した者は、被融通者から直接その支払を求められた場合に、融通手形である旨を主張して、その支払を拒絶することができるのは格別、該手形が利用されて被融通者以外の第三者の手に渡り、その者が手形所持人として支払を求めてきた場合には、手形振出人として手形上の責任を負うべきが当然であり、融通手形であることの故をもつてその支払を拒絶しうるものではない。そしてこの法理は当該第三者が善意たると悪意たるとにより、なんら異なるところはない。すなわち、融通手形の抗弁は一般の人的抗弁とその性質を異にし、融通者より被融通者に対してのみ主張しうべきものであつて、被融通者より右手形の裏書譲渡を受けた第三者に対し、該手形上の権利とともに承継さるべきものではない。

以上は判例・通説の一般に是認するところであるが、それは多く当該手形が融通手形ほんらいの目的に従つて利用されたものであることを当然の前提とする。けだし、融通者たる振出人は受取人が手形を他に譲渡して金融を得ることを当初から予定したものであり、さればこそ振出人は、当該第三者において右手形が融通手形たることの情を知ると否とにかかわらず、受取人以外の所持人に対しては手形金支払の義務を負うとされるのであつて、これに反し、当該手形が他に無償譲渡された場合においては、その譲渡はなんら手形振出のほんらいの目的にそうものでなく、譲受人たる第三者がその融通手形たること(従つて振出人は受取人に支払の義務を負わないこと)につき悪意者たるときもなお、振出人において手形金支払の義務ありとはなしえないからである。

これを要するに、融通手形の抗弁は、その融通手形が無償で他に譲渡された場合は、譲受人たる第三者が悪意であるかぎり、これをもつて対抗しうるものと解すべきである。

ところで本件においてなお考察を要するのは、融通手形における期限後裏書の問題である。融通手形は、ほんらい、融通者たる振出人が被融通者たる受取人に対し直接現金を貸与するのではなく、自己の信用を与えて他で手形を割り引かせ、満期までの期間これを利用させ、満期には被融通者において自ら手形金を決済して融通者に経済的負担をかけないとする筈のものであるから、融通手形が満期前に利用されず、満期後に受取人から他に譲渡されるというのは、むしろ異例のことに属するというべきであろう。しかし、一般に融通手形と指称されるものが、満期前に限つて利用を許されるものであるとも断定し難く、従つて満期到来後の手形であるからといつて、ただちに融通手形としての効用を失つたものともいい難いところである。

そして手形の譲渡が期限後裏書によるときは、一般に「指名債権ノ譲渡ノ効力ノミヲ有ス」とされ、これにより裏書人に対する抗弁をもつて被裏書人に対抗しうることとなるのであるが、その抗弁が融通手形の抗弁であるときは、譲渡が有償であるかぎり、これをもつて被裏書人に対抗しえないこと、冒頭に説示した融通手形の性質よりして当然であり、これに反し譲渡が無償である場合にかぎつて被裏書人に対抗しうるものと解すべきである。

これを本件についてみると、原審証人日笠忠男の証言によれば、被控訴人は有償で本件手形を取得したことが明らかである(受取人たる豊崎商事株式会社はこれにより金融を受けたと同一の効果をえたものである)から、振出人である控訴人は、期限後裏書による場合においても、被融通者たる豊崎商事株式会社に対する融通手形の抗弁をもつて、第三者たる被控訴人に対抗し、その支払を拒絶することができないのであつて、控訴人の主張は排斥を免れない。

そうすると控訴人に対し、本件約束手形金一五万円およびこれに対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明白な昭和三五年六月二三日から完済にいたるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。

よつてこれと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却すべく、本件において仮執行免脱の宣言を付するのは相当でないのでこれを付さないこととし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条・第九五条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官紫原八一 裁判官西内辰樹 可部恒雄)

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